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立ち読みコーナー『監督官がやってくる!』

『監督官がやってくる!』

<第1章>小さな会社の労務トラブルの「いま」

“サービス残業ビジネス”が中小企業を直撃する

●残業代請求急増の恐怖

“サービス残業ビジネス”というものがさかんになりつつあります。現・元社員が弁護士、司法書士等に会社に対して残業代の請求を依頼することで成立するビジネスです。このビジネスが今後広がりを見せて、法的ガードがズサンな中小企業を直撃すると言われています。それは以下の理由によります。

  1. 弁護士等の過当競争

    司法試験の合格者数を毎年増加させて大幅な弁護士の増員が見込まれています。都市部では弁護士は飽和状態に近づきつつあり、収入の確保が難しい弁護士も出てきているとの話も聞きます。このような厳しい状況を生き残るためには弁護士業務を“ビジネス”の視点で見直し、いかに効率良く稼ぐかを目指し、広告合戦もさかんになることが考えられます。

    もちろん、弁護士だけでなく、司法書士、行政書士、社会保険労務士等もこのビジネスに参戦することができますので、いろいろな角度から残業代請求を支援する専門家がマーケットに存在することになります。つまり、労働者側をサポートするサービスが今まで以上に充実していくわけです。

  2. 定型的・大量処理が可能

    残業代を請求する事務手続きはほんの少しの法律知識で可能となります。簡単に言えば、「1ヵ月何時間働いて、いくらの契約だったのか」「実際何時間働いたのか」「適正な計算により不足なく残業代が払われたのか」です。法律知識というより給与計算事務というべきものでしょう。計算して足らなければ残業代の請求書を送る、ただそれだけの作業が中心です。

  3. 依頼者・受任者のメリット(請求額)が明確
    雇用契約書や就業規則により「1ヵ月何時間働いて(所定労働時間)、いくら(所定内賃金)の契約だったのか」を確認します。次にタイムカード等により「実際何時間働いたのか」を確認します。そして、賃金台帳を見れば「適正な計算により不足なく残業代が払われたのか」が明確です。

    タイムカード等の労働時間を記録する書類(残業指示書、残業許可書を含む)や賃金台帳は3年間の保存が義務付けられていることも請求金額を確実にします。

    さらに、請求先が主に企業ですから、トコトンやれば確実に回収が見込め、依頼者(労働者)、受任者(弁護士等)双方、ビジネスとしてメリットを確保しやすいといえます。

  4. 会社側の主張が認められにくい
    労働基準監督官の是正指導や本人又は代理人からの民事的な請求に対して、会社にもたくさんの言い分や反論があるものです。しかし、会社に請求書が届いた後に私どもの事務所に相談にみえられるのですが、10件中9件がほぼ労働者側の請求額に近い金額を払ってでも解決したほうがよい事案ばかりです。つまり、この残業代請求に関しては、会社の言い分はほとんど“一蹴される”との認識でちょうど良いといえます。具体的によく中小企業の経営者がされる主張は以下のようなものです。

(主張その1)
入社時に「残業代は支払わない」ということをお互いに合意していた。

このセリフを何度聞いたか数えきれません。労働基準法は最低限度の労働条件を定める法律ですので、法律に違反した同意(契約)は無効です。無効となったものは労働基準法どおりの規定になるので、残業代の支払いを免れることはできません。

このルールはとても重要なのでもう一度繰り返しますと、法律に違反した契約は無効です。

違う例で言いますと、「私は勉強したいので、最低賃金以下で働かせて下さい」という労働者がいて、働いてもらったとします。しかし、「最低賃金法違反なので、差額分を払って下さい」と後から言われると、当然支払い義務がありますし、刑罰の対象にもなるのです。

(主張その2)
残業代分として賞与で還元している

経営者は賃金を総額人件費と見ています。つまり、総額でしっかり払っていれば、残業代についてうるさく言われなくてもいいではないか、という言い分です。そのような考え方から、賞与で残業代分も還元しているよ、という理屈が出てきます。また、その背後には仕事の能率の悪い人に余計な残業代を払うよりも、査定をして貢献度に応じてお金を分配したいという経営のニーズも強く働いています。

しかし、労働基準法上、「残業代は発生した月にきれいサッパリ払いなさい」とういう規定があります。さらに、残業代を計算してその分をそっくりそのまま賞与時に払うならまだしも(もちろんコレも違法ですが)、査定により金額を決めて払っているので法的に残業代として払っているという言い分は通らないのです。

(主張その3)
基本給や手当に残業代を含んで(多めに)払っている

営業系、企画系、管理系など裁量制の強い仕事に払う賃金に関してよくある言い分です。これは労働基準法上ではなく、裁判例で確立されている考え方で、時間外手当相当分の金額が明確に特定できない限り、残業代が含まれるという主張は認められないというものです。

具体的に言えば、本来なら基本給25万円、家族手当1万円の人に残業代を払わない代わりに、基本給26万円、家族手当2万円に増額したとします。しかし、これは経営者の気持ちや貰う側の理解はそうであったとしても、この体系で時間外労働を行い、残業代が払われていなければ残業代不払いになるというわけです。

年俸制を理由に残業代を払わないという理屈も同様に危険ということになります。年俸制というのは基本給、手当、賞与込みで1年間の賃金を決める賃金の支払い形態です。したがて、毎月の支払いは“基本給一本”ということになります。つまり、年俸制だから残業代を払わないというのが最もヘタでリスクの高い賃金管理ということになります。

(主張その4)
管理監督者であるので残業代は要らないはずだ

 いわゆる「名ばかり管理職」か否かという問題です。労働基準法上の管理監督者は経営者と一体であると評価できることが必要でその要件は非常に厳格です。簡単に言えば、中小企業なら部長さんクラスでも認められない場合があるほど、この主張は困難を極めます。名ばかり管理職問題については○章○頁に詳細はゆだねます。

(主張その5)
(指示をしていない)勝手な残業を行っていた

残念ながら「勝手な残業をさせていたアナタ(経営者)が悪い」となってしまいます。明示的な指示がなくても黙示的な指示があったとみなされるからです。つまり、タイムカード等に記録が残っていて、それを黙認していればほぼすべて労働時間であり、残業代の支払い対象となるということです。

(主張その6)
仕事中にインターネット等で遊んでいた、又は休憩していた

よく経営者から「パソコンの前に座って何をしているかわからない」「インターネットで仕事中に関係のないページを見ていた」という主張がなされます。法律上の話で言えば、仕事をしていない休憩と認められるためには、職場からの完全な離脱がないと難しいのです。パソコンの前に座っていて「仕事をしていなかった(休憩していた)」ということは認められないと考えておくべきです。

●多くの元・現社員はまずは自分で請求書を書いて送ってくる

サービス残業ビジネスがさかんになるといっても、まずは書籍やインターネットの雛形を利用して、元・現社員が自分で請求書を書いて送ってくるのが一般的です。読者の皆さんも「サービス残業」とインターネットを検索してみてください。そのヒット件数の多さ、内容の充実ぶりに驚くはずです。インターネットや書籍・雑誌の普及により「どうやって会社からの仕打ちに対応するか」「会社への報復措置をどうとるか」「知って得する内容証明の書き方は……」といったサイトが随所に見られます。

 【こんな請求書を何時でも誰でも簡単に送れる時代に】
株式会社 ○○○○
代表取締役△△△△殿

時間外労働代金支払いの請求書

 私は平成20年4月から平成22年3月まで、貴社、○○営業所で勤務中に時間外労働を行っていましたが、時間外労働代金の支払いはありませんでした。
 これは労働基準法第37条に違反すると考えます。
 私は勤務中の時間外労働を毎月平均80時間はしていましたので、合計で562万円の時間外労働代金の支払いを請求します。
 平成22年4月末日までに下記の口座へお振込み下さい。振り込みがない場合は労働基準監督署に訴えます。
●遅延利息に加えて付加金の請求も!

弁護士等がビジネスでサービス残業代請求に介入する場合は必ず法律的な権利はすべて主張してくることになります。必ず請求されるのが遅延利息と付加金です。

まず、在籍期間については賃金支払日の翌日から年6%の遅延利息が請求できます(商法514条)。さらに、退職後については退職日の翌日から年14.6の遅延利息が請求できるのです(賃金の支払の確保等に関する法律第6条1項)

訴訟や労働審判に訴えをおこした場合にはサービス残業代金(未払い賃金)と同額の付加金も請求できることになっています(労働基準法114条)。

●サービス残業問題は起こってしまったら負け

以上のようにサービス残業と労働時間の管理については法違反があると、それは明確にわかり、下手に争えばその“損害が拡大”していくこにもなりそうです。先にも述べたようにタイムカードと賃金台帳で事務的に残業代の計算がおおむねできるからです。そのため労働基準監督署も摘発しやすく、争っても会社側が負けるので弁護士もどうしようもありません。できるとしたら金額交渉くらいですが、弁護士費用もかかりますのでその分の費用もが余計にかかります。つまり、サービス残業問題は「起こってしまったら負け」なのです。

それに対して不当解雇については、実態と法律の解釈の間に争いの余地があります。労働基準法には「解雇は客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定められていますが、「客観的に合理的な理由」や「社会通念上相当」などは、その解釈がケース・バイ・ケースといえます。