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立ち読みコーナー『監督官がやってくる!』

『監督官がやってくる!』

<第1章>小さな会社の労務トラブルの「いま」

増えている!? 社員の退職後のサービス残業代請求

●典型的な中小企業のサービス残業
 まず昨今、大きな問題となっている「サービス残業」についてです。

 典型的な事例を見てみましょう。A社は従業員20名の営業販売会社。10年前に創業した社長のBさんは成果主義を標榜し、「販売会社なのだから『時間』ではなく『成果』だ」と従業員にハッパをかけながら日々経営してきました。B社長の持論は、従業員は本来「雇用」ではなく「請負」や「業務委託」という形態がふさわしいというもので、将来的にはそのようにしたいという意向がありました。特に売上が上らない昨今は成績が悪い人ほど、休日返上、夜討ち朝駆けの長時間労働となっています。

 そんなある日、事件が起きました。1ヶ月前に営業成績がまったくふるわないので解雇した元従業員のCさんが労働基準監督署に告発し、監督官がA社にやってきたのです。社長もこのようなことは初めてで、「適当に対応すればいい」と甘く考え一人で対応しました。

 監督官は、無造作に机に置かれたタイムカードと賃金台帳を手にとると、みるみるうちにカラフルな付箋を貼りつけていきました。そして、いくつかの押し問答をしたすえに、監督官はこう言い放ちました。

「・・・ほとんどの方は月間80~100時間を超えて残業しているにもかかわらず、時間外手当が支給されていません。営業手当という名称で5千円~7万円がついていますが、これは営業成績によって変動する『歩合給』なので、これを時間外手当として認めることはできません。過去3ヶ月間、さかのぼって時間外手当を指定期日までに全員に支払ってください」

 これは「サービス残業の是正」を求めるもので、その額は合計900万円を超えました。また、監督官はこうも言ったのでした。

「労働時間が長すぎます。月間45時間、年間360時間を超えて残業させることは法的に禁止されています。早急に労働時間改善の処置をとってください。そして、是正状況を毎月報告してください」

 これは「過重労働の是正」を求めるものですが、話はさらにそれだけで終わらず、監督官の来た1週間後に、解雇したCさんから内容証明が届いたのです。それは、「過去2年分さかのぼって残業代を支払うこと(その額合計450万円)、また、不当解雇の撤回を」という内容でした。

 あわてた社長は監督官に電話をして、「なぜ監督署は3ヶ月分だけでいいと言っているのに、元従業員Cには2年分も支払う必要があるのか」を問い合わせました。

 監督官は「本来は2年分請求できる権利が従業員(退職者も含む)にあります。ただ、それは民事上の争いですので監督署は介入しません。不当解雇の争いについても、それは裁判所などで争ってください」と。

「10年間、商売をしてきたがこんなことははじめてだ。ウチはヨソ(他社)よりたくさん給与を払っているつもりなのに‥‥。」

 労働基準監督署は、やさしいのか厳しいのか。権利ばかり主張するCさんの行動や出て行くキャッシュのことが頭をよぎります。社長の頭はパニックになって眠れない夜が続いたのでした。

●A社の事例から学ぶ教訓

A社のエピソードは、労使トラブル対策をするうえでいろいろ示唆に富んだものとなっています。問題点のポイントは以下のとおりです。

①形式(賃金規程)および実質(支払い方)の整備をしていなかった
 営業手当を時間外手当相当分であることを、賃金規程、雇用契約書、賃金明細にしっかりと表示していれば、時間外手当として労働基準監督署に認めてもらえます。しかし、営業成績による変動賃金は時間外手当としては認めてはもらえません。これは、「成果が出ないと賃金は払えない、残業しても成果が出るとは限らない」という“経営者の理屈”はまったく通用しない部分です。

②タイムカード管理がズサンだった
 B社長には労働時間と賃金支払いの関係についての認識が不十分でした。タイムカードの管理、つまり労働時間を管理するという部分がまったく欠落していたのです。結果として、ちゃんと仕事をやっていたかどうか疑問である労働時間に対する残業代まで支払うハメになってしまいました。

③「雇用管理上の配慮義務」を怠っていた
 B社長は従業員に時間に関係なく働いて成果を上げてほしいと思っていますが、この認識は甘いと言わざるをえません。雇用管理上、経営者は従業員の安全かつ良好な職場環境に配慮する義務を当然に負っているからです。従業員はあくまで社長の指揮命令に従うことで賃金を受けとる従業員であり、「業者」ではありません。だから法的にそれ相当の対応・配慮義務が求められるのです。
 後ほど詳しく述べますが、A社のような状況で万が一に過労死などが発生して訴訟になれば、このような認識不足、社風、無防備な状態では100%会社側が敗訴します。

④“雇われの身”の気持ちの理解が薄かった
 営業は労働時間ではなく成果だ! ということは正しいのですが、従業員は長時間労働に対する不平不満を抱いているものです。とくに月間80時間や100時間の残業が恒常的な職場では、その傾向がとても強いと推察されます。

 従業員も成果が大切であることはわかっています。だからといって、自由時間・余暇がなくていいと思っているわけではなく、それらも大切なのです。A社のような長時間労働が蔓延している職場では、社長にその認識が欠けていることが多いのです。

 従業員の望みはホドホドの労働とソコソコの賃金です。いま、多くの日本人はA社の社長が若い頃にもっていたハングリーさは持ちあわせていません。日本はソコソコに豊かになりましたから、みんな安定とホドホドの労働を望むのです。

Point!
長時間労働が蔓延していないか!?
その認識が甘いと、サービス残業と過重労働の是正がセットでマークされる。